「Wikipediaでは、宗教とは人間の力や自然の力を超えた存在を中心とする観念であり、その観念体系に基づく教義、儀礼、施設、組織などをそなえた社会集団であるとまとめている。」日本はもともと宗教に関しておおらかである。クリスマスを祝い大晦日に除夜の鐘をつき、新年に初詣。このように多種多様な異国の宗教に共感をもち取り入れてきている。現在においても70億人の人口の中でキリスト教徒は23億人、イスラム教徒15億人、ヒンズー教徒9億人などと分類されているが、本来ほとんどの歴史のある宗教においてはその地域の文化に根付き生き方や考え方の指針となっている。しかし日本人が本来もっている宗教的な心の持ちようが薄れてきているように思う。
それを察知していてか、日本も改正教育基本法において「宗教に関する一般的な教養及び宗教の社会生活における地位は教育上尊重されなければならない。」と重要視し、来春からの各社の中学生教科書は宗教に関する記述が充実しているそうだ。古事記の八百万の神々をはじめ、祖先崇拝、天皇陛下が元日早朝より四方拝をなさることや新嘗祭など皇室と民間の祭司と深い信仰的つながりがあること等我々の時代にはなかった記述があるそうです。
日本人のもつ敬神崇祖の考えはもっとも大切でかけがえのない心を表しているのですが、昨今科学的思考、論理的考え方を正とし、現実主義的思考の人々にとって「宗教」とは異質なものとして映り一種のカルト的な見方をしているのではないでしょうか。
今最も必要な理念や考え方は宗教の教えにあるとおもいます。とはいっても、十数年前に起きたオカルト的な新興宗教ブームに騙されては行けない。当時小生は、オウム真理教、法の華三法行等々学生ののりで入信まがいなことをしたことがありますが、般若信教を唱えたり、写経するなど、どれもこれもキリスト教や仏教のまねごとをしているに過ぎない。困っている人に指針を示し自分の考えに靡かせ金儲けする宗教家もいたことも事実です。

そういう輩とは全く違い、本来人間の持つ道徳、倫理を教えてくれるものが必要になってきているのです。宗教的情操や先祖崇拝、礼儀、規律を重んじること等々に対して「宗教」といって避け、偏見をもった態度で拒否していては、家庭、職場、企業、地域社会と大きく間違った方向に行ってしまうような気がする。
半年前から倫理法人会という会に入会しました。「万人幸福の栞17ヶ条」や「毎週火曜日朝6時半に集まってセミナーをする」という事象だけをとらえた人は、往々にして「宗教みたいやな!」と一言いう。多分その人は、本当の「宗教」に触れたことがなく、物事の根本を理解していないひととしてみてしまう。親が子どもに、先生が生徒に、経営者が社員に宗教儀礼の意義や、倫理観を伝える作業をしていかなければならないことに気づきます。
今夜12月24日クリスマスイブ。 Merry Christmas !!!










