2011年12月24日土曜日

「宗教」の誤解

「宗教みたいや!」この言葉は、どういうときにきく言葉でしょうか? 朝礼で大きな声で誓いの言葉を言う、徳を積む説明をする、朝礼で「職場の教養」を輪読する、大声で挨拶の練習をする等々初めてその現場を見たとき聞いたとき、思わず隣の人に、コソコソと「宗教みたいや!」との呟きが聞こえる。

「Wikipediaでは、宗教とは人間の力や自然の力を超えた存在を中心とする観念であり、その観念体系に基づく教義、儀礼、施設、組織などをそなえた社会集団であるとまとめている。」

  日本はもともと宗教に関しておおらかである。クリスマスを祝い大晦日に除夜の鐘をつき、新年に初詣。このように多種多様な異国の宗教に共感をもち取り入れてきている。現在においても70億人の人口の中でキリスト教徒は23億人、イスラム教徒15億人、ヒンズー教徒9億人などと分類されているが、本来ほとんどの歴史のある宗教においてはその地域の文化に根付き生き方や考え方の指針となっている。しかし日本人が本来もっている宗教的な心の持ちようが薄れてきているように思う。

それを察知していてか、日本も改正教育基本法において「宗教に関する一般的な教養及び宗教の社会生活における地位は教育上尊重されなければならない。」と重要視し、来春からの各社の中学生教科書は宗教に関する記述が充実しているそうだ。古事記の八百万の神々をはじめ、祖先崇拝、天皇陛下が元日早朝より四方拝をなさることや新嘗祭など皇室と民間の祭司と深い信仰的つながりがあること等我々の時代にはなかった記述があるそうです。

日本人のもつ敬神崇祖の考えはもっとも大切でかけがえのない心を表しているのですが、昨今科学的思考、論理的考え方を正とし、現実主義的思考の人々にとって「宗教」とは異質なものとして映り一種のカルト的な見方をしているのではないでしょうか。

今最も必要な理念や考え方は宗教の教えにあるとおもいます。とはいっても、十数年前に起きたオカルト的な新興宗教ブームに騙されては行けない。当時小生は、オウム真理教、法の華三法行等々学生ののりで入信まがいなことをしたことがありますが、般若信教を唱えたり、写経するなど、どれもこれもキリスト教や仏教のまねごとをしているに過ぎない。困っている人に指針を示し自分の考えに靡かせ金儲けする宗教家もいたことも事実です。


そういう輩とは全く違い、本来人間の持つ道徳、倫理を教えてくれるものが必要になってきているのです。宗教的情操や先祖崇拝、礼儀、規律を重んじること等々に対して「宗教」といって避け、偏見をもった態度で拒否していては、家庭、職場、企業、地域社会と大きく間違った方向に行ってしまうような気がする。

 半年前から倫理法人会という会に入会しました。「万人幸福の栞17ヶ条」や「毎週火曜日朝6時半に集まってセミナーをする」という事象だけをとらえた人は、往々にして「宗教みたいやな!」と一言いう。多分その人は、本当の「宗教」に触れたことがなく、物事の根本を理解していないひととしてみてしまう。

親が子どもに、先生が生徒に、経営者が社員に宗教儀礼の意義や、倫理観を伝える作業をしていかなければならないことに気づきます。

今夜12月24日クリスマスイブ。 Merry Christmas !!!


2011年12月18日日曜日

ソーシャルネットワーク/つながりはどこまで...

現在facebook,twitter,mixi等々ソーシャルネットワークというネット上
での人との繋がりが加速しつつある。
日本ではまだインターネット人口に対するFBの割合は6%弱のようだが、
今年11月の一ヶ月間で100万人相当の登録があったそうで、今や620万人を超えた。
小生も早くに2年前、青年会議所という小さい組織の友達から広げて行ったけれど、
平成23年12月18日現在2315人もの、いわゆるFB友達ができました。


人との出会いは、一緒の幼稚園から遡る。学校など組織に属し同じ方向の机に向かった
同胞とが友人になる場合、仕事で、パーティで知り合ったり、飲み会で知り合ったりと
かなり実際の出会いで限られた世界での「縁」からバーチャルに飛躍し加速しつつある。
その「縁」はどのような「つながり」になるかは計り知れない。


『人間にとって平均約150人が
 それぞれと安定した関係を維持できる個体数の認知的上限』
イギリスの人類・進化生物学者ロビン・ダンバーが唱えた『ダンバー数』

この150人とはそれ以上になると
組織の性質が変異してしまう臨界数だと定義されているようだ。(柴田氏)

確かに携帯電話に登録している電話番号件数・ビジネスパートナー人数は
150を越え許容量上限の1000以上になっているが、
1年間に1回も通話履歴がない人との縁もある。

親友の親友(二次の親友)はかならずしも親友とは言えない。

しかし親友を何百人も作ることは不可能に見えるが、
100人の親友に100人の親友を作ってもらえば1万人の親友ができる
と考えただけでワクワクしてくる。

これを発展させれば三次の親友は100万人、四次の親友は1億人
五次の親友は100億人となり世界人口を越えてしまう・・・、
と夢想するだけで楽しめる。



想像を遥かにこえた可能性が近い未来訪れるかもしれない。
人は人からしか学べない。人の縁から成長するものと多くの偉人が
言っていますが、この閉塞した世の中がこのようなソーシャルメディア
とういツールによって「世界平和」をもたらすことも可能ではないだろうか。

情報インフラの進化によって
“親友ネットワーク”が世界中に拡がる可能性を秘めている。

それをどう使うかは自分次第。これから筒一杯広げてみようか!!


息子壮平がはじめて描いた絵
スーパーマンが好きでたまらない